大自然の一部としての魚

アウトドアスポーツを語るときに、その舞台となる大自然に住む多くの動物たちのことを抜きに語ることはできません。スポーツをおこなっている時のふとした瞬間に起きる素敵な動物たちとの邂逅は、私たちにとっての大きな癒しとなっています。またそんな動物たちの存在も含めた大自然の魅力こそが、アウトドアスポーツの魅力そのものでもあると言っても間違いではないはずです。

そんな動物たちの中でも、特に「魚」たちは特別で、ダイビングやシュノーケリングのように彼らに合いに行くことが目的の1つともなっているアウトドアスポーツまであります。また魚は、モチーフとして人間の社会に大きく入り込んでいます。映画の主人公になったり、マグカップの図柄になったりと、魚のモチーフはあなたの側のいたるところで見かけるはずです。では何故魚は人間の社会にそこまで入り込むことになったのでしょうか?

大自然の癒しの一部としての魚

ダイビングやシュノーケリングなどで海中の魚たちの遊泳を眺めた経験のある方ならわかると思いますが、優雅な装いの色とりどりの魚たちが、青く澄んだ海中を泳いでいる様を見ているだけで、心が澄んでいくのが感じ取れます。癒される、ということが実感としてわかるのです。だから日常の中に魚のモチーフが入り込んでくるということは、この大自然の一部としての癒しを日常に置いておきたいという人間の潜在的願望の顕現なのではないか、と感じます。そのためにディズニー映画の主役として魚が取り上げられたり、全く癒しとは無関係に見えるオンラインカジノゲームにまで魚のモチーフが登場することになるのではないでしょうか。以前家庭用ゲーム機のドリームキャストやPS2で発売された「シーマン」という喋る魚を育成するシミュレーションゲームが、そのキャラクターに癒されると話題になったのもよくわかります。

人間の癒しに対する飽くなき希求

結局のところ、魚のモチーフが人間社会に氾濫する理由は、人間そのものが疲れ、癒しを求めているからに他なりません。そのような社会が続く限り、今後も魚は癒しの象徴として様々な形で人間社会の中で使われていくことになるでしょう。もちろんそれは悪いことではないですし、また、もし人間が完全に癒されることがあったとして、その時に魚のモチーフが人間社会から無くなるかどうか、というのも定かではありませんが、ただ少なくとも現在の人間にとって大自然から授かる癒しが必要だということだけは確かなようです。それを細やかにでもおこなってくれる魚たちに感謝したいですね。